学ぶ楽しさは…

算数の時間に,我先にと問題を解いて丸付けに持ってくる。

昔は,それは素晴らしいものと思っていたけれど,最近はなんだか違うようだ。

我先にと,解こうとする姿勢を否定しているわけじゃない。

その意欲は,個々人の中であっていいと思う。

でも,それをあおるような教育はやっぱり違うと思う。

勉強が得意な子がすごくて,勉強が得意な子がそうではない。

多くの教師は,そんなつもり無いというかもしれないけれど,やっぱり根強いし無意識に表れているんだと思う。

そういった教育は,学ぶ楽しさをexitingなものとして捉えているように感じる。

分かったらうれしい。そう言いたいのはわかる。

でも,分からなかったら…。

どうなの?

分かるまで何度も繰り返す?

それとも諦める?

それとも大丈夫さと開き直る?

つまり,exitingな学びの裏には,不安がありストレスが有る。

それを考えたうえで,授業を作っているのだろうか。

子どもに声をかけているのだろうか。

 

学ぶことの楽しさについては,これまで何度か考えてきた。

学ぶことの楽しさは,やっぱりinterestingが一番。

でも,学校でそれを全員に味合わせるのは,難しい。

一人一人理解の進度はバラバラなんだから。

同じ5年生だって,4年生のテストを満点取れる子なんて半分程度しかいないように。

だから,interestingにならない時は,その空間がfunでありjoyであれば十分じゃない?

どんなに説明されても分からないことはあるけど,説明してもらう居場所が有るってことが価値になるんじゃないかな。