学級にあったブラウン管テレビのこと

私の教員生活は,これまで(そしてきっとこれからも)先輩方から頂くたくさんのお叱りの経験とともに成り立っています。

2年前に現任校に異動してきた時にも,初日に教室に設置してあったブラウン管のテレビを空き教室に移動し,先輩の先生からお叱りを受けました。

大きな可動式のテレビ台の上に,埃をかぶってどっしりと鎮座する24型程度のブラウン管テレビは,パソコンと接続することもできず,子どもと見るには画面が小さく感じていました。

その割に,教室前のスペースを大きくとるので,唯一必要になる毎学期に1度だけ催される放送委員会による校内テレビ放送(昨年は1度きり)の時だけ教室に入れればいいかと思っていたのです。

しかし,私がその立派なテレビを自分の教室から空き教室に移動するため,廊下にやっとこさ出たところで,先輩の先生がいらっしゃいました。

「テレビは教室で使うから,教室の中に入れておいて。」

「あ、でも。授業ではプロジェクターを使うので…。」

「授業はどうか知らないけど,先生だけ勝手に変えられると困るんだよね。」

「そうですか。すいません。わかりました。」

かくして私の教室の横では,昭和から平成初期にかけて人々の生活を支えたブラウン管のテレビが,温かくも寂しそうなまなざしで,今はもはや『おじいちゃんの部屋にあるテレビ』として己を認識している子ども達の学級生活を,ひっそりと音を立てずに見守ることになりました。

あれから,1年と少し経ちます。

私にも後輩ができました。

先日ふと,「そういえば,後輩くんは,ブラウン管のテレビどうしているだろうか。」

と気になりました。

教室に行ってみると,そこにはテレビ台はなく,テレビは隣の空き教室で眠っていました。

それから,他の教室にも行ってみましたが,同じようにほとんどの教室においても,テレビ台は空き教室に移動されていました。

これで,私が後輩くんに「テレビは,自分の…」という指導を加えなくても済むと,ほっとすると同時に,学校のルールというものは,かくも自然にうつろっていくものかと気付かされました。

そういえば,私はちょっと前まで,何の悪気も無く旅行のお土産として子ども達にお菓子を配っていました。

自分が小さいころ,担任の先生が買ってきてくれた旅行先のお菓子が,学校でもらえたというだけでとても嬉しく,(失礼かもしれないが)普通のお菓子がものすごく貴重でおいしいもののように感じていました。

今は,多くの学校で,子どもにアレルギー症状が出ると大変だから等の理由で禁止されています。(これについても,私は先輩からこの年になってご指導いただいた。)

もちろん,禁止の理由は正当で,非の打ちどころはありません。

この規則を守れば,私も学校も安全安心でいられます。

それ以外にも,学校の決まりのおかげで教員としての自分の立場は守られるようになりました。

でも一方で,自分が子どものころに先生にしてもらった多くの嬉しかったことが,今はほとんどしてあげられなくもなっています。

それに,私や学校の安心安全のために,自分が子どものころ先生にされた嫌だったことを,破向かうことのできない強大な大義名分のもと,心を痛めることなく子どもにさせることもできるようになりました。

そんな時,自分はこんなことをするために…でもそれもこの仕事を選んだ宿命かと考えを巡らせてしまいます。

正当で非の打ちどころのないものが嫌いという,根っからのひねくれ者体質は,大人になっても抜けきらないのですね。